雨ノ中デ命ヲ護ル白イ傘



息がきれる。


苦しい。

酸素を求める休息を求める開放を求める。

それでも走り続ける。

まるでそれしか俺には残っていないように

「死なせない……」

今の俺の足の筋肉は俺の悪い脳みそからの命令はきかない。

「今度こそ……死なせない……」

俺の足をムリヤリ動かしているのは俺のちっぽけなココロと背中に背負った今にも消えてしまいそうな命。

「……みなも……すぐに病院につくからな」

はたして俺にマラソンの才能などあったのか、全速力で走っているのに足が止まる気配がない。

「……なぁ、みなも。俺、おじさんたちに怒られるかな?なんでみなもを連れ出したぁ、ってさ」

いつしか雨がぱらついてくる。

「学校で骨髄移植のことみんなに言ってみようか。きっと見付かるから、さ。 星になりたいとか……言うなよ」

自分の気持ちが固まらないまま声をかける。

雨が強くなってきた。顔にあたる。

「確かに星ってのはキレイだな。 でも本当はみんな太陽みたいに燃えてるんだぜ?」

雨が目に入ったのか目尻が熱い。

「星って本当は熱くて眩しいのに……遠いから温もりは届かない……光だって見えるか見えないかその程度だけ……」

足はまだ動く。

「俺はもう失いたくない……もう悔いるのはやめた……身勝手かもしれないけど俺はみなもを失いたくないんだ………」

けど雨は予想以上に重い。

『と…もや……』

雨の中、他に何も聴こえないような雨音の中、俺は……声を聴いた。

『智也………』

「…………彩花、か……どうしたんだ?こんなところに現れて。お盆はまだまだだぞ?」

彩花が目の前にいる。何故か俺はそれを当たり前のように受け入れて……、いや、元から当たり前のような心持ちでいた。

『私は……ずっと智也の中にいたからね』

「……そうか。じゃあ説明の必要も無いな」

『……私に言い訳する必要は?』

「無い。」

きっぱりと読点をつけて言ってやる。

『うん。 それにしても、無粋な格好だね』

言われてそのまま自分を見渡してみる。
たいしておしゃれでもない格好が雨でずぶ濡れになっている。

「どうしろって言うんだよ」

『それはやっぱり白馬に乗って……』

「却下。スキー場に用はない」

『もう、仕方ないな』

そう言うと彩花はどこからともなく傘を取り出した。

あの、目が眩むほどの、真っ白な傘。

彩花を思い出させる真っ白な傘。

彩花以外には似合わないだろう真っ白な傘……

『今日は特別!私が傘指しててあげよう!』

「……幽霊の傘ねぇ……」

『うわ、そういうこと言う?!』

「……………あぁ、彩花、頼む」

『………うん。』


何も話さない。

雨はもう気にならない。

ただ、心地良い空気がある。






『ねぇ、智也』

走っているのに疲れない、というよりは疲れを感じない。

『返事しなくていいから聴いて。あのね、みなもちゃん……もし……危ない状態になってもあと二週間……延命措置を続けて……』

「……どういうこだ?」

『ニ週間経てば……もう措置はいらない……』

「……それは『どっち』だからいらなくなるんだ?」

『………それは智也次第だよ』

「……ああ、死なせない……助けたい……一緒にいたいんだ……」

『うん、もう大丈夫だね……』

その言葉にふと空を見上げるとあの日海を黄金色に染め上げた太陽が顔を覗かせていた。

『雨は……上がったから』

彩花の気配が薄れていく。

心が暖かくなっていく……

「あぁ……雨は降ったらきっとやむんだ……」

『うん………頑張れ』

「雨が上がる前に出てきた気の早い虹か……」

……ありがとう……彩花………俺はお前のこと、誰よりも好きだったよ。

そして―

「みなも……お前は俺とあと何十年の人生を一緒に生きていくんだ!だから……」

一緒に夜明けの海を見に行こう―

一緒にオチバミにも行こう―

一緒にスケッチにも行こう―

一緒に歳を重ねていこう―



まずは一緒に雨上がりの空を眺めよう――

どこでも同じ空は見えるから―――

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